半人半獣−1 (BD-10)

もう5年以上も前の事になると思うが、僕はその頃また勤めようとして、ハローワークで広告関係の仕事を探していた。しかし60を過ぎて採用してくれる企業は中々ない。と言うより全くない。何社か面接まではいくが、相手に採用する気持ちは全くないのが分かる。まさに年齢の壁である。まだ自分では充分に仕事は出来ると思っているのだけれど、相手は全く見向きもしない。ハローワークに募集を出している関係上やむを得ず(年齢制限なしで募集)面接しているだけだ。アメリカでは履歴書に年齢欄はないと言う。何が出来るかが重要で年齢は関係ないという考え方だろう。本当はそうあるべきだし羨ましい限りだ。その中で一社だけ確実な手応えがあった。池袋にある映像関係の会社である。

面接で人の良さそうな上品な白髪の老人と、赤ら顔のでっぷり太った大柄な男がいた。そのデブが面接で「あんた酒癖は悪くないか?」と突然訊いた。意外な言葉に僕は即座に否定した。僕は穏やかな酒で、飲むとすぐ眠くなる子供の酒?だ。その後時がたって彼が何故そんなことを聞いたかが分かったが…。僕は珍しく採用になりうれしかった。しかし行った先は池袋ではなく中目黒のSAという会社だった。赤ら顔の会社が白髪の会社を買収したらしい。そこへ行ってみると僕を含めて7人の新入社員がいた。そして皆僕と同じ高齢者だった。といっても50代が中心である。本当はここで少しおかしいと気付かなければなかった。

SAはコンサル会社で、主に地方の小さな不動産会社をクライアントにしていた。そして中目黒で定期的に経営セミナーを開いていた。内容は昔からのマーケティングと気合の経営を指導するものだった。社長の赤ら顔のTBはミニカリスマだった。独特のダミ声で自分の経営哲学をトウトウと説いた。そのセミナーに集まった中から数社を選び顧客化していった。年間数百万で契約し大した事のない経営指導をしていた。彼はバブルが弾ける前、新宿の三井ビルで800億位の売上を上げていたデベロッパーだったらしい。しかしバブルでの総量規制にひっかかり破綻してしまった。それでもシブトく会社は潰さず、SA社を立ち上げ家族会社で経営を続け、前の会社の借金を少しずつ返し続けているらしい。一体そんな事が可能なのか?僕はわずか1.5億で自分の会社を潰してしまっていた。それが本当ならば何とシブトい赤ら顔だ。

彼は総量規制政策を凄く恨んでいた。もしこの政策がなければ確かに彼の会社は大企業に成り上がっていたかもしれない。そうすれば今は創業大社長で、田園調布に豪邸が建っていたかもしれない。そういう無念さがあるので、彼の眼はまだギラギラしていた。しかしその時の日本は異常なバブルで、これを続けていく事は経済構造上無理だったろう。後は何時ハジケルかだけのタイミングの問題だったように思う。彼が現在のような変な形で仕事を継続していけるのは、何らかの上の関係があるのかもしれない。企業と政治をめぐる関係は魑魅魍魎である。何が起こるか分からない。今やっているTVの「不毛地帯」を観ているだけでそのことが良く分かる。大きな利権が絡む仕事は、金と権力と陰謀が渦巻く世界で、まともにやっていては決して成功しない。最後は泥にまみれ義憤にかられ野垂れ死にするのが関の山だろう。(原作を読んでいないので壱岐?が最後にどうなるかは分からないが)

とにかくSA社もバブルの落とし子で、家族を中心とした怪しげな会社であった。親父が社長、奥さんが経理部長、長男が常務、次男が営業部長、娘が制作部長と実に上手く役割分担されていた。(家族パワーの底力)後は昔からの老経理マン一人に営業のその息子。そして新たに買収された?池袋の映像会社、白髪の上品な老人とその息子と事務の女の子が二人。更に今回採用された7人の中高年。実に変な構成である。池袋の会社は映像だけではなく看護士養成のビジネスも持っていて、池袋にはまだ数名の社員が残っていた。まあ経営が上手くいかなくなって中目黒に買収されたのだろう。この二つのグループの雰囲気は明らかに違っていた。

僕はそんな会社でマイペースで仕事をしていった。プランナーなのでコンサルの企画を手伝ったり(大体のパターンが出来ており、その形を踏襲していけば良かった)あるいは新しい仕掛けで協賛企画を書いたりしていた。「世界水会議」という多少胡散臭い企画も書いた。これはある学者が水の特性を科学的に追求し、採取した水を凍らせ雪の結晶を作るのである。キレイな水はキレイな結晶となり、汚い水、例えば東京湾の水は結晶を結ばない。それを顕微鏡写真で撮影していく。その汚い水に皆で思念を送ると水が浄化され?見事に結晶を結ぶ。それは遠い場所からの思念でも有効である。(例えばイタリアから東京へ)このあたりになると少し怪しいという感じがする。そしてそれを波動水と言う。これが色々な商売に結びつく。この辺になると相当怪しくなる。これをネタに世界の人を集めて「世界水会議」を開くのである。しかしこの研究と結晶の写真は数冊の本になって出版されていて、ベストセラーになっている?という。僕も数冊目を通したが水の結晶は確かに多様・多彩で美しい…。

波動水やそれに関連するビジネスになると相当胡散臭くなるので、僕は協賛企画を書いたがイベントの実現を危ぶんだ。しかもイベントを受注しているSA社の体制はまるで出来ていない。ちょうど僕はその頃忙しさがたたって歯茎?が腫れてきて、とうとう過労の為数ヶ月でSA社を辞めてしまった。ちょうど良い潮時だったのだろう。このイベントが成功するとはとても思えなかった。数千人動員する予定だったが、その運営体制も全くできていなかった。ましてや運営マニュアルもない。もし実施されればその会場の混乱、悲惨な状況が眼に浮かぶようだ。(僕は少なくとも一万人規模のイベントを数年運営している。運営マニュアルも自分で書いた)僕はイベントの前に辞めてしまったので、そのイベントが実施されたかどうかは分からない。でも一応プロの僕から見れば、上手くいくはずのないイベントだった。その前に辞められたのは奇妙な天の配剤か?