半人半獣−2 (BD-10)

SA社は入った時から少し奇妙だった。どこかが狂っていて、僕らの勤務も何か絵空事のようだ。しかし仕事はまあまあ面白いしあまり気にしないでやっていた。どうせ60過ぎてから勤めた会社だ。ヤバイ事でもあればいつでも止めることは出来る。失うものは何もないハズだ。給料は結構安かった。でもこれも僕の年齢では止むを得ない事だ。

給料は初め月末に振り込まれた。しかし翌月からおかしくなった。すぐ遅配になり、それも振込みではなく、全員集まって一人一人社長からの手渡しだ。それと困るのは毎朝朝礼があり、訳の分からない呪文を皆で復唱する事だ。TVでは販売業などで良く見かける光景だが、僕としては始めての経験だった。やっぱりガキじゃああるまいし、こんな事は気恥ずかしい限りだった。そして僕は忙しすぎ体調を崩し、数ヶ月でSA社を辞めた。その時給料は月末に振り込むという事だった。

しかし月末になっても振り込まれない。やむを得ずSA社を訪ねたが、経理の女性は「スミマセン」と言って「すぐに振り込みますから」と言った。しかしその後も給料は振り込まれなかった。僕は仲の良かった息子の常務にメールを送ったが、これも経理にすぐ振り込ませると言う返事が来た。しかし待てども給料は振り込まれなかった。つまりSA社は支払う積りは全くないんだ。多分これが彼等の常套手段だ。

僕はこの辺は冷静なので、厚労省出先機関、労働基準監督所?だかへ行き実情を話し、金額を記入した書類を提出した。給料は一月後振り込まれた。多分SA社ではなく役所からだったと記憶している。でもトラブルはそれだけではなかった。僕が辞める前SA社の専務(彼も7人のうちの一人で、仙台の大手銀行をリタイアした人)の了解を得て、病院建築の企画を外注した。金額も25万と安いものだった。建築家は僕の仕事仲間で、昔一緒にアパート経営セミナーなどをやったTKという男だ。これもトラブルになった。彼への振込みもないのである。僕はSA社に行って専務に支払うように言ったが、幾らたっても振込みはなかった。その内その専務も辞めてしまった。

僕らは止むを得ず小額訴訟を起こした。TKが訴訟を起こし、僕が事件の経緯を記した書類を裁判所に提出した。その頃SA社社長TBの夢を見た。彼は赤土の荒れた小山の上の洞穴の中に住んでいた。入り口の傍には制作部長の娘がおり、昔の猟師の格好をし毛皮の着物を着、下はミニだった。(SA社でも彼女は何時もミニ)腰には蛮刀を帯びていた。僕は彼女を押しのけ洞穴に入った。洞穴の中は暗く奥に火が赤々と燃えていた。その中に赤黒い顔をし獣のように髭が濃い、体中剛毛に覆われたTBがいた。これではとても話し合いにはならない。なるほど彼と彼の家族は獣なんだ。近頃流行のデミ・ゴッド(半神半人)ではなく、デミ・ビースト(半人半獣)なんだ。荒れた赤土の小山に巣食っていて、近くを通りかかる旅人を襲ったり殺したりする。まるでギリシア神話スフィンクスだ。こんな奴らはとてもまともに相手にしてはいられない…。

SA社で中高年を一挙に7人も採用したのは、多分国の中高年者雇用に対する補助金が目当てだったのだろう。それを貰ってしまえばもう彼らに用はない。僕は役所経由で給料を回収したが、彼らは未回収のまま首になっただろう。お気の毒に。皆人が良さそうだったから、大した抵抗も出来なかっただろう。彼らはそれなりに皆優秀だった。電通の子会社で映画を創っていたプロデューサーや、VANを創った石津謙介の秘書をやっていた男や、東大出であの懐かしのリーダイでマーケティングをやっていた秀才や、皆多彩な才能を持っていた。でもこのデミ・ビーストにはとても敵わないだろう。こんな才能のあるまだ働ける連中に仕事がないという、今の日本の状況はどうしようもない。僕が冷静に戦っていけたのは、以前からイベントなどで結構修羅場を潜ってきたからで、こんな半分オバケみたいな奴に慣れていたからかも知れない。イベントをやっていると、本当にとんでもない魑魅魍魎が現われる…。(僕の後輩などはイベントのトラブルで、一晩でツルッパゲになった。ア・ランポーのノルウェーの漁師の話もあながち誇大ではない…)

簡易裁判は霞ヶ関地方裁判所で開かれた。訴訟側は建築家のTKと僕が出席、SA社側は社長のTBと経理のTB夫人が出てきた。内容は一方的にSA社側が悪いので、SA社に支払命令が出た。TBは怒って立ち上がり「コノヤローッ」と口汚く罵った。僕も対抗上(ナメラレても嫌なので)立ち上がり「何だッ」と対応した。TB婦人がTBに抱きつき「あなた〜止めてッ!」と彼を押し留めた。まるで安っぽいTVドラマだ。僕らはさだめし三文役者。そして書割のような法廷とフィギュアのような裁判官達。

僕らは勝ったが支払いは役所が強制的に執行するものではない。TKが相手の銀行口座を抑えそこから引き出すのである。しかしSA社の口座が分からない。話し合いで払うような連中でもない。結局は裁判に勝っても金は取れなかったのではないだろうか?TKはその後何も言わず、僕も彼の信頼を失ってしまった。こんな仕事をやっていると本当に色々変な奴に出会う。中には獣や物の怪もいる。TVの「不毛地帯」もあながち誇張されたものではない。世の中ではあんな事が日常茶飯事起きているのだ。それを嫌悪するだけではなく、人間の悪の幅の広さに感嘆する。TB家は今日も逞しく世間を欺き、謀り続けているのだろう…。  (2010年2月27日)